神経難病で寝たきりとなった40歳代の息子を自宅で看病する母親。
その息子に「□□さん」と苗字で呼びかけようとすると、幼い頃からの愛称そのままに「〇〇くんと呼んでください」と母親。小学校低学年での発病以来、その子をずっと自分の手で看病してきた母親の心情だろうか。年下の若いスタッフにはその呼び方に戸惑いを感じるものも少なくなかった。
誤嚥性肺炎を繰り返し、口からの食事は難しいとの医学的判断で胃瘻(いろう)がつくられたのが数年前。しかし、母親は「口から」にこだわった。それが何時間かかろうとも。むせて、親子で辛い思いをしながらでも。
ある夜、私の携帯が鳴った。その母親から「呼吸が苦しそうです。すぐに来てください」。駆け付けると、窒息状態。応急処置を施しながら救急搬送した。幸い大事にはいたらず、その日のうちに自宅に戻ることができた。しばらく口からの食事はお休みとし、胃瘻から栄養剤を入れることで母親も納得した。
翌日往診に行くと、処方したはずの栄養剤は使われずにそのまま。栄養剤の缶に表示されたカタカナだらけの組成表を眺めながら、「こんな味気ないものを〇〇くんの身体に入れたくない。私たちが食べるのと同じものを」と、一人分の食事をミキサーにかけ胃瘻から注入する母親。その姿を見ていると、注ぎ込まれるのは栄養よりも母親の愛情そのもののように思える。
さらに次の日。母親は何もなかったかのように、平然と〇〇くんの口に食事を。片手には吸引チューブ。彼もむせながら必死に口を開けようとしている。ある程度予想された展開ではあったが、それが、まさか窒息して2日目とは・・・。その光景を目の当たりにし、あらためて母親の強さを思い知らされることに。
顔いっぱい大粒の汗をかきながら「いっしょに食事をしないと生きている実感がない」と母親。言葉を発することのできない○○くんがどのように感じているかはわからないが、医学的には無謀ともいえる母親のその行動に、私は心の中で「あっぱれ」とエールを送った。
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