80歳代の女性。家族がもの忘れに気付いたのは数年前。「年だから仕方がない」と様子をみていたところ、最近になって被害妄想や徘徊が目立つようになり、対応に困った家族は民生委員を通じて地域包括支援センターに相談に行った。まずは医療機関への受診を勧められたが、本人は「どこも悪くない」と頑なに拒否。そこで、介護保険サービスを紹介され、そのための意見書作成を兼ねて私のクリニックに往診依頼が入った。
私を見るなり「何しに来たん?」とけげんな表情。「健康チェックに伺いました」。こちらも押売まがいの怪しげな挨拶。何とか診察させてもらえたものの、「一度脳の精密検査を」と勧めると「失礼な!」と一蹴されてしまった。
その1ヶ月後、「要介護」と認定された彼女のお宅をケアマネとともに訪問した。ケアマネからデイサービスについて説明されると、「ボケ老人の行くところには私は行きません!」ときっぱり拒否。すかさずケアマネが「ボケた人お断りのデイサービスもありますよ」。すると「年寄りの相手は疲れるんよね」と彼女。ケアマネも負けずに「○○さんにぴったりの若い人向けのデイサービスがあるんですよ」。その言葉が彼女の耳に心地よく響いたのか、意外にすんなりデイサービスに通ってくれるようになった。
このところずっと彼女にかかりきりだった家族は、週に1日でも自分のことができるようになり、ホッと一息。親身になって考えてくれるケアマネの存在も大きな安心につながった。さらに、民生委員や近所の人たちが交代で徘徊に付き合ってくれるようになり、彼女の表情も自然に和らいでいった。
気持ちが落ち着くようにと私が処方した薬は全く手付かずのまま。私の出る幕はなく、もっぱら彼女とケアマネのやりとりに耳を傾ける。このケアマネ、彼女にとっては孫くらいの年代だろうか。楽しそうに語り合う二人は、まるでおばあちゃんと孫娘。庭先からキンモクセイがほのかに香る、のどかな秋の一日だった。
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