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往診日記DIARY

58.おばあちゃんと餅


ある80歳代のおばあちゃん。娘一家と同じ屋根の下に暮らしている。物忘れが進み、最近では食べたことすらすぐに忘れてしまう。それでも、明るくて面倒見のいいおばあちゃんはみんなの人気者だ。今年、年女。

そんなおばあちゃんの大好物は餅。誤嚥性肺炎で何度か入院したことのあるおばあちゃんにとって、餅は最も危険な食べ物のひとつ。周囲の心配をよそに、おばあちゃんは上手に餅を食べる。多い日には10個を平気で平らげてしまう。

おばあちゃんにはもうひとつ厄介な持病があった。それは糖尿病。この時期、血糖値が上がる。家族が餅を隠しても、おばあちゃんはすぐに見付けて焼いて食べる。焼いていることを忘れ、餅を焦がしてしまうこともしばしば。おばあちゃんは丁寧に手で焦げた部分をはがして食べる。その姿は、失礼ながら今年の干支を連想させ、何とも愛らしい。

ある日のこと。台所に煙が充満しているのをたまたま冬休みで家に居た孫が発見し、事なきを得た。普段は穏やかな娘もこの時ばかりは怒り心頭。家にあった餅をすべて近所や親しい人に配り、おばあちゃんには「餅は腐ってしまったので、全部捨てたよ!」と冷たく言い放った。おばあちゃんは一晩中、餅を腐らせた(?)ことを悔やんだ。

次の日の朝、デイサービスの送迎車がおばあちゃんを迎えに来た。娘が小さな折箱を携え、「いつもお世話になります。皆さんで食べてください」とスタッフに手渡そうとしたところ、そばにいたおばあちゃんは感じるものがあったのか、その中身をチェック。餅であることがわかると「これは腐っとるけえ食べちゃいけんよ!」としきりにアピール。戸惑うスタッフに娘は何と言い訳をすればいいのやら、苦笑いでごまかすのがやっとだった。

「どうしてこんなことだけしっかり覚えているんでしょう。大抵のことはすぐに忘れてしまうのに。ショッキングな出来事は心に残るものなんですね」。反省を込めたその言葉から、認知症の母親を気遣う娘の複雑な心情が伝わってくる。

   画 植田映一 尾道市向島在住

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